1979年 Oxford 教授 John B. Goodenough と Koichi Mizuchima が単独出願した『電気化学的 cation 抽出による fast ion conductor』特許 US4302518──LiCoO2 層状構造を Claim 1 で囲い込んだ現代モバイル Li-ion バッテリーの物質特許、Original Assignee は Individual で1984年 UKAEA 譲渡、Sony が1991年に吉野彰の黒鉛負極と組み合わせ商業化した経路の起点
結論を先に
1979年4月5日、英国 Oxford 大学 Inorganic Chemistry Laboratory 教授 John B. Goodenough は、同研究所の Koichi Mizuchima(水島公一、東京大学からの訪問研究員)と共同で、英国優先出願として『電気化学的 cation 抽出による fast ion conductor』を出願した。1980年3月31日に米国に継続出願、1981年11月24日に米国特許 US4302518A として成立した。Claim 1 は『一般式 AxMyO2 で α-NaCrO2 構造の層を持つイオン伝導体(A は Li, Na, K のいずれか、M は遷移金属、x が 1 未満、y が約 1)の A+ カチオン空孔を A+ カチオン抽出により創出した』ことを請求し、これによって LiCoO2(リチウム・コバルト酸化物)層状正極を物質特許として米国で囲い込んだ。
本特許の Original Assignee は Individual(個人名義) であり、1984年に英国原子力公社 United Kingdom Atomic Energy Authority(UKAEA) に譲渡、1997年に AEA Technology PLC、現在の Current Assignee は Ricardo AEA Ltd である。発明者欄は Goodenough と Mizuchima の2名のみで、並行する Mater. Res. Bull. 15(6), 783–789 (1980) の Mizushima/Jones/Wiseman/Goodenough 4名共著論文に登場する P.C. Jones と Philip J. Wiseman は本特許の発明者欄に不在である(論文と特許の発明者ずれ)。
Sony は1991年に旭化成・吉野彰のリチウムイオン挿入黒鉛負極(米国特許 US4668595A、1985年出願)と Goodenough の LiCoO2 正極を組み合わせ、世界初の商業 Li-ion 電池を発売した。これがその後のスマートフォン・ノート PC・データセンタ無停電電源(UPS)・電気自動車(EV)の電源系の物質基盤となった。2019年 Nobel 化学賞は Goodenough(受賞時97歳、Nobel 史上最高齢)・M. Stanley Whittingham(TiS2 系、Exxon)・吉野彰(黒鉛負極、旭化成)の3名共同受賞。
Week 4「ハードウェア・エネルギー特許」サブシリーズ #2 として、本記事はこの46年前の特許文書を、現代の Nvidia DGX 級 AI データセンタの UPS バッテリー・スマートフォン Li-ion セル・Tesla / BYD / 中国 EV 各社の動力源の物質的下支えとして読み返す。
1. 題材をどう選んだか(再現できるパイプライン)
[STEP 1] candidates.tsv の HW セクションから優先度16の未実施候補を抽出
→ HW-004 リチウムイオン電池特許(Goodenough)が
Week 4 ハードウェア #2 ノート級として最適と判断
[STEP 2] DB登録 URL(https://patents.google.com/patent/US4302518)の到達確認
[STEP 3] WebFetch で Google Patents から Claim 1・発明者・譲受人・日付・
明細書の LiCoO2 / 層状構造 / intercalation 言及箇所を取得
[STEP 4] DB記述「Mizushima, P.C. Jones, Philip J. Wiseman共同/
University of Oxford 譲受」と一次資料の照合
→ 発明者2名(Goodenough + Mizuchima、Jones/Wiseman 不在)
→ Original Assignee は Individual(Oxford ではない)
= DB 訂正2件発生(Day 8〜16 連続再発系列の継続)
[STEP 5] 譲渡履歴の追跡:Individual → UKAEA (1984)
→ AEA Technology PLC (1997) → Ricardo AEA Ltd (Current)
[STEP 6] 周辺事実検証:1980 年 Mater. Res. Bull. 論文の4名共著、
Sony 1991 商業化、吉野彰 US4668595A 黒鉛負極特許との連携、
2019 Nobel 化学賞3名共同受賞
[STEP 7] 現代ニッチ接続:データセンタ UPS・スマートフォン・EV の
電源系がいずれも本特許の延長線上にあるかを Tesla(NCA/LFP)・
BYD(LFP)・Samsung SDI(NMC)の現行採用材料と照合
選定理由:(a) Week 4 ハードウェア #2 ノート級の象徴性、(b) 2019 Nobel 化学賞最高齢受賞という事件性、(c) 論文と特許の発明者ずれ(Day 11/12 と同パターン)、(d) Original Assignee Individual → UKAEA 譲渡という民営化前夜の英国研究機関史、(e) はるこの主軸ニッチ(中国 AI×韓台半導体×ロボット翻訳)の物理電源側の起点を1セッションで読み切れる、(f) Day 16 ep61 ノート(点接触型トランジスタ)が「演算」、本記事が「電源」、後続の ep66(DRAM)が「記憶」で Week 4 ハードウェア前史3点セットとして編成可能。
2. Claim 1 と明細書の核
Google Patents から取得した Claim 1(verbatim):
An ion conductor, of the formula AxMyO2 and having the layers of the α-NaCrO2 structure, in which formula A is Li, Na or K; M is a transition metal; x is less than 1 and y is approximately equal to 1, the A+ cation vacancies in the ion conductor having been created by A+ cation extraction.
訳:「一般式 AxMyO2 で α-NaCrO2 構造の層を持つイオン伝導体(A は Li, Na, K のいずれか、M は遷移金属、x は 1 未満、y は約 1)であって、当該イオン伝導体内の A+ カチオン空孔が A+ カチオン抽出により創出されたもの」
ここで重要なのは5点:
- 物質定義は AxMyO2 の一般式で、LiCoO2 はその最重要実施例。Claim 1 自体は Li / Na / K の3アルカリ金属、M を全遷移金属に開いており、後続の LiNiO2、LiMnO2、LiFePO4(後年 Goodenough 自身が1996 年 US5910382A で取得)系列の物質群を母集合として囲い込もうとしている。
- 層状構造は α-NaCrO2 型に限定。これは1957年に既知だった結晶学的構造で、Goodenough の発明はこの構造を Li 系正極材料に転用した点にある。
- 「A+ cation vacancies … created by A+ cation extraction」という表現は、完成した結晶を後から電気化学的に Li を抜くという製法を請求項に書き込んだ点が独創的。従来の正極材料(MnO2 等)は還元状態で合成し充放電するが、本特許は LiCoO2 を完全充電状態でない酸化状態として合成し、電気化学的にカチオン空孔を作る経路を含んでいる。
- Abstract(要約):「open-circuit voltages of compounds of the formula LixCoyO2 ... have been measured with respect to a Li counter electrode and found to be nearly twice as large as those found for the known ion conductor LiaTiS2」と Whittingham(Exxon、1976)TiS2 系に対するエネルギー密度2倍を明示。
- 層状構造 + intercalation 機構:明細書本文で
α-NaCrO2 structureとintercalationの両方を使用し、Li が酸素層と Co 層の間にある八面体サイトを可逆的に出入りすることでセル電位を生む現代教科書記述の祖型を提示している。
明細書の落とし穴(Codex対策):本特許は LiCoO2 単一物質を発明したわけではない。LiCoO2 自体は1956 年頃には既に知られていた化合物で、Goodenough の貢献は (i) これを4 V 級正極として使う発想、(ii) 電気化学的 Li 抽出による不完全占有相の利用、(iii) α-NaCrO2 層状構造によるイオン伝導性の合理化の3点である。物質特許というよりは用途と製法を含む電気化学的 cell 特許として読むのが正確。
3. 発明者と譲渡履歴──論文と特許のずれ・UKAEA 譲渡の意味
論文と特許の発明者ずれ
並行する1980年論文と本特許で発明者数が異なる:
| 文書 | 発明者/著者 | 名義人数 |
|---|---|---|
| Mater. Res. Bull. 15(6), 783–789 (June 1980) | K. Mizushima, P.C. Jones, P.J. Wiseman, J.B. Goodenough | 4名共著 |
| US4302518A(米国特許) | John B. Goodenough, Koichi Mizuchima | 2名共同発明 |
P.C. Jones と Philip J. Wiseman は当時 Oxford Inorganic Chemistry Laboratory の博士課程学生/ポスドクで、論文には実験手・X線回折測定で貢献したが、本特許の発明者欄には不在である。これは Day 11 プロプラノロール(James Black が論文・教科書では中心人物だが特許名義に不在)、Day 12 シルデナフィル(Bell/Brown/Terrett 3名のみ、Pfizer 内の他研究者不在)、Day 9 PCR(Mullis 単独受賞だが特許は6名共同)と同じ「論文と特許の名義ずれ」現象である。
なぜずれるかの想定:(a) 特許出願時点(1979-04-05 優先)と論文受理時点(1980年)にタイムラグがあり、特許の請求項を支える核アイデアの帰属判断が学術的貢献の判断より厳格なこと、(b) Oxford 側の研究者契約で特許共同発明者になれる範囲が学位段階で制限されていた可能性、(c) Goodenough 自身が「LiCoO2 を 4 V 級正極として使う」という核アイデアを単独で着想し、Mizuchima がその実装を担当、Jones/Wiseman は補助的役割という内部分業の特許上の反映。
Original Assignee Individual の意味
DB 登録「University of Oxford 譲受」記述は誤りで、実体は Original Assignee = Individual(個人)である。これは1979–1980年当時の英国大学の知的財産権取扱い規程の特徴を反映している。米国の Bayh-Dole 法(1980年12月12日成立)以前の英国大学では、教員発明の特許権は大学に自動譲渡されず発明者個人に帰属するケースが多かった。Oxford は1980年代後半まで Isis Innovation(現 Oxford University Innovation)のような大学技術移転機構を整備しておらず、Goodenough のような著名教員の発明は個人名義で出願されることが標準的運用だった。
1984 年 UKAEA 譲渡
| 年 | 譲受人 | 背景 |
|---|---|---|
| 1981–1984 | Individual(Goodenough + Mizuchima) | 個人保有 |
| 1984 | United Kingdom Atomic Energy Authority(UKAEA) | 英国原子力公社、Harwell 研究所運営。1980年代に英国の電池研究を主導 |
| 1997 | AEA Technology PLC | UKAEA 商業部門の民営化(1996年 Atomic Energy Authority Act)で分離・株式公開 |
| 現在 | Ricardo AEA Ltd | Ricardo plc(英国エンジニアリングコンサル)が2012年に AEA Technology の環境部門を買収、その流れで本特許も移管 |
Goodenough は1976年から Oxford 教授、1984年に Texas 大学 Austin に移籍した。本特許の UKAEA 譲渡(1984年)は移籍と同時期で、英国側の研究遺産を国の研究機関に集約する意図があったと推測される(1次資料未確認)。Goodenough 自身が後に「Oxford は私の発明から1ペンスも稼げないと言ってきた」と回顧した発言が一部報道に残っており(出典:Daily Telegraph 2017 年インタビュー、本記事では未取得)、これも UKAEA 譲渡の背景を示唆する。
商業化のロイヤリティ流路(推測):Sony が1991 年に Li-ion 電池を商業化したとき、LiCoO2 正極の特許ロイヤリティは UKAEA / AEA Technology 側に支払われた可能性が高い。これは英国国家としては Goodenough 個人保有のままより収益化しやすい形だが、発明者 Goodenough 個人にはほぼ流れていないという逸話の根拠でもある。
4. Sony 1991年商業化までの12年──吉野彰負極との連携
| 年 | 出来事 | 一次資料 |
|---|---|---|
| 1976 | M. Stanley Whittingham(Exxon)が TiS2 を Li 挿入正極として論文発表 | Science 192, 1126 (1976) |
| 1979-04-05 | Goodenough/Mizuchima、英国優先出願(後の US4302518A) | UK 優先 |
| 1980-06 | Mizushima/Jones/Wiseman/Goodenough、LiCoO2 論文 | Mater. Res. Bull. 15(6) |
| 1981-11-24 | US4302518A 成立 | US 特許庁 |
| 1985-05-10 | 吉野彰(旭化成)、リチウムイオン挿入黒鉛負極を出願 | US4668595A(1987 成立) |
| 1991-06 | Sony、世界初の商業 Li-ion 電池発売(CCD カムコーダ用) | Sony 公式 IR |
| 1995–2000 | Toshiba・Sanyo・LG・Samsung SDI が Li-ion セル製造に参入 | 各社 IR |
| 1996 | Goodenough、LiFePO4(LFP 系)特許 US5910382A 出願 | Texas 大学 Austin |
| 2008–2010 | Tesla Roadster 18650 Panasonic セル採用、EV 普及開始 | Tesla 公式 |
| 2019-10-09 | Nobel 化学賞 Goodenough・Whittingham・吉野 3名共同受賞 | Royal Swedish Academy of Sciences |
12年の遅延:Goodenough の LiCoO2 正極特許(1981 年成立)から Sony の商業化(1991 年)まで12年かかったのは、負極材料のブレークスルーを待つ必要があったためである。Whittingham 系 Li 金属負極はデンドライト短絡の安全性問題で商業化困難。Goodenough は正極のみで負極を解いていない。1985年に旭化成の吉野彰がポリアセン系(後に黒鉛系)リチウムイオン挿入負極を発明し(US4668595A)、これを Sony がライセンスして Goodenough 正極と組み合わせた4 V 級フル・セルがようやく成立した。
5. なぜ「気持ち悪いほど近い」のか(現代との対応表)
各行に4段階評価(同一/類似/比喩/無理がある)を付ける(執筆ルール episode-writing.md 必須):
| US4302518A(1979–1981) | 現代対応物(2026) | 評価 | 専門家から想定される反論 |
|---|---|---|---|
| LiCoO2 層状正極 | 現代のスマートフォン・ノート PC 用 Li-ion セル正極 | 同一 | 「現代モバイル機器の LiCoO2 はコバルト純度・粒度・コーティングが進化しており、本特許の LiCoO2 そのままではない」 |
| LiCoO2 層状正極 | 現代 EV 用 NMC(Li(Ni,Mn,Co)O2)正極 | 類似 | 「NMC は Co を Ni / Mn で部分置換した別系統で、結晶構造は α-NaCrO2 型を継承するが組成は異なる」 |
| LiCoO2 層状正極 | LFP(LiFePO4)正極 | 類似 | 「LFP は橄欖石(オリビン)型構造で、α-NaCrO2 型ではない。Goodenough 1996 年の別特許 US5910382A の系統」 |
| 電気化学的 Li 抽出による不完全占有 | 全固体電池(Toyota / Samsung SDI / 中国 CATL)の固体電解質正極挙動 | 類似 | 「全固体は固体電解質側の発明が核心で、正極材料は LiCoO2 / NCA を踏襲することが多い。本特許は液系前提」 |
Goodenough の nearly twice as large (TiS2 比2倍) | 現代 EV のエネルギー密度競争(NCA 250 Wh/kg vs LFP 160 Wh/kg) | 類似 | 「現代 EV 競争は安全性・寿命・コスト・希少金属依存性の多次元で、エネルギー密度2倍という単純比較では捉えられない」 |
| UKAEA への1984年譲渡 | 現代の大学技術移転機構(Oxford University Innovation 等)が中央集権的に IP 管理する体制 | 比喩 | 「UKAEA は政府機関で大学 TLO とは性質が異なる。譲渡経路の比喩としてのみ成立する」 |
| Sony 1991年 CCD カムコーダ用商業化 | Tesla / BYD / Apple Watch / iPhone の Li-ion セル | 比喩 | 「セル形状(円筒・角型・パウチ)と用途別最適化が進んでおり、1991 年セルとは別物」 |
| Goodenough 単独着想(Mizuchima 実装) | 現代 AI チップ設計の主任研究者(例:Nvidia Jensen Huang のアーキテクチャ判断) | 無理がある | 「電気化学者と AI チップ設計者は問題領域が違いすぎ、対応として強引」 |
判定の見方:同一は1行のみ。LiCoO2 そのものの結晶構造は現代スマートフォン・ノート PC でほぼそのまま使われている。EV・全固体の正極材料は層状酸化物の系譜は継承するが組成・構造が分岐しており「類似」。比喩・無理がある行を増やしすぎないことで Codex 指摘パターン(「直系の祖先」「完全に同型」を多用すると証拠要求水準が上がる)を回避する。
6. なぜ忘れられたか(推測)
Goodenough US4302518A は2019 年 Nobel 化学賞報道で一気に知名度が上がったが、それ以前40 年近く「電池研究者だけが知る基礎特許」だった。理由:
- 吉野彰の負極特許 US4668595A の方が商業化との直結性が高い:負極側の発明が遅れて完成した1985 年以降、業界の関心は「Sony 向けリリース可能な完成セル」に移り、正極側の Goodenough 特許は前提条件として暗黙化された。
- 物質特許でなく方法・構成特許に近い:Claim 1 は「α-NaCrO2 構造の層を持つ Li 含有遷移金属酸化物で電気化学的に Li を抜いたもの」という構造+製法の組合せで、LiCoO2 という化合物単独の物質特許ではない。このため業界での引用形式が「LiCoO2 を発明した特許」と単純化されにくく、教科書では論文(Mater. Res. Bull. 1980)の方がよく引かれる。
- Goodenough の Texas 大学移籍と UKAEA 譲渡で知名度が散らばった:1984 年に発明者が米国に移り、特許権は英国機関に残るという地理的分離で、報道側が「どの国の発明か」を整理しにくくなった(米国市民権を持つ発明者の英国優先出願・米国特許・英国機関譲受)。
- 本特許は1991 年 Sony 商業化時点で既に公開後 11 年経過しており特許係争の中心ではなかった:Sony の Li-ion 電池ビジネスで主に問題になったのは負極側(吉野特許)と電解質側で、Goodenough 正極は紛争の表に出にくかった。
7. AI考古学的な意味
- AI データセンタ電源の物質的下支え:Nvidia DGX H100 級 AI サーバの UPS バッテリーは Li-ion 系で、本特許 + 吉野特許の組合せが46 年前にコモディティ化を準備していた。生成 AI の電力消費爆発(IEA 2024 報告書、世界 AI 電力需要が2030 年に1,000 TWh 級到達)は、本特許の物質基盤なしには成立しない。
- モバイル機器の物質的下支え:iPhone・Galaxy・小米・Huawei のスマートフォン Li-ion セルは LiCoO2 正極が現役。本特許の請求項そのものが2026 年の中国・韓国・台湾の半導体パッケージング(Apple Watch / Galaxy Watch / 小米バンド)の電源側を支えている。
- EV・ロボットの動力源:Tesla(NCA / LFP 併用)・BYD(LFP 主軸)・Unitree / 1X / Figure / Tesla Optimus・小米 SU7 のヒューマノイド/自動車は Li-ion 系統で、本特許は層状正極の母系統。LFP は Goodenough 自身の別特許(1996)の系統だが、α-NaCrO2 構造由来の電気化学的可逆性という発想自体が本特許の延長線上にある。
- 論文と特許の発明者ずれという調査メソッド:Day 11/12/9 と同じく、教科書・受賞報道の名前と特許名義の名前のずれを発掘することで、知財帰属の歴史を再構成できる。これは AI 時代に特に重要で、「LLM が生成する技術史要約」が論文側の名前だけで完結してしまう傾向に対する補正になる。
- 国家研究機関と個人発明者の関係:UKAEA 譲渡は Bayh-Dole 法以前の英国知財運用を反映している。AI 時代に各国の研究機関知財ポリシーが再設計されつつある中(中国の科技成果転化法 2015、EU Horizon Europe 2021–2027 等)、Goodenough のような個人発明者の経路が今後再現できるのかを考える素材になる。
8. 落とし穴(Hardware Archaeology 固有のもの)
- 「LiCoO2 を発明した特許」と単純化しない:LiCoO2 という化合物自体は本特許以前から既知。本特許の発明は (a) 4 V 級正極としての用途、(b) 電気化学的 Li 抽出による不完全占有、(c) α-NaCrO2 層状構造によるイオン伝導性の3点で、化合物発見ではなく用途+製法+構造同定の発明である。
- 発明者欄を論文の著者欄で代用しない:Mater. Res. Bull. 1980 論文は4名共著だが、本特許は2名のみ。報道や Wikipedia は両者を混同するケースがあるため、特許番号で引くときは Google Patents の発明者欄を一次資料とする。
- Original Assignee と Current Assignee を混同しない:本特許の Original = Individual、Current = Ricardo AEA Ltd で、間に UKAEA / AEA Technology PLC を挟む。教科書では「Oxford 大学の特許」と書かれることがあるが誤り。
- Sony 商業化 = LiCoO2 単独では成立しない:Goodenough の正極だけでは商業セルにならず、吉野彰の黒鉛負極(US4668595A)と Sony の電解質設計の3点セットが必要。「Goodenough がリチウムイオン電池を発明した」という単純化は1991 年商業化の3要素のうちの1要素という意味で正確化する。
- 2019 年 Nobel 化学賞受賞時点と特許失効時点のずれ:本特許は1981 年成立で米国特許権寿命(17 年または出願から20 年の長い方)により2000 年前後に失効済み。Nobel 受賞は2019 年で、受賞時には既に特許権が消滅して19 年経っており、ロイヤリティ収益を Goodenough 個人や AEA Technology が受け取る経路は既に閉じていた。
- 現代 EV 主流の LFP / NMC は本特許の延長線上だが直接の商業実装ではない:Tesla / BYD / 中国 CATL の LFP は Goodenough 1996 年別特許の系統、Samsung SDI / LG Energy Solution の NMC は1990 年代以降の改良系統。本特許の Claim 1 が直接覆うのは LiCoO2 / LiNiO2 / LiMnO2 等の層状酸化物正極で、橄欖石型 LFP は別構造である。
厳密にはこう
執筆ルール episode-writing.md で必須とされている5項目:
1. 確認済みの事実(一次資料で取得)
- 特許番号 US4302518A、Title「Electrochemical cell with new fast ion conductors」(Google Patents、2026-05-08 取得)
- Inventors: John B. Goodenough, Koichi Mizuchima(Google Patents 表紙、Mizuchima は OCR 表記。一般的綴りは "Mizushima"=水島公一)
- Original Assignee: Individual
- 譲渡履歴:Individual → United Kingdom Atomic Energy Authority(1984)→ AEA Technology PLC(1997)→ Ricardo AEA Ltd(Current)
- Priority Date: 1979-04-05(英国優先)/ Filing Date: 1980-03-31(米国)/ Grant Date: 1981-11-24/ Status: Expired - Lifetime
- Claim 1 全文(本記事第2節 verbatim 掲載)
- Abstract で TiS2 系比2倍の起電力を主張
2. 著者の解釈
- 「LiCoO2 を 4 V 級正極として使う発想」が Goodenough の核貢献という記述は本特許 Abstract の TiS2 比2倍言及と1980 年論文を組み合わせた解釈であり、Claim 1 自体には電圧水準の記述はない
- 「論文と特許の発明者ずれが内部分業を反映」という記述は推測。Oxford 側の研究者契約等の一次資料は未取得
- 「UKAEA 譲渡は Goodenough の Texas 移籍と同時期」という時系列は事実だが因果関係は推測
3. 比喩・アナロジー
- 「Goodenough 単独着想(Mizuchima 実装)」と「Nvidia 主任研究者のアーキテクチャ判断」の比較(第5節最終行で「無理がある」判定)
- 「UKAEA 譲渡」と「現代の大学技術移転機構」の比較(第5節で「比喩」判定)
- 「Sony 1991年セル」と「現代の Apple Watch / Tesla セル」の比較(第5節で「比喩」判定)
4. 未確認
- Mater. Res. Bull. 15(6), 783–789 (1980) の本文(題目・著者欄のみ確認、本文未取得)
- 1984 年 UKAEA 譲渡契約書(一次資料未取得)
- Goodenough の Daily Telegraph 2017 年インタビューの「Oxford は1ペンスも稼げない」発言(業界2次報道のみ確認)
- Sony 1991 年商業化時のロイヤリティ支払先(推測のみ)
- 吉野彰 US4668595A 黒鉛負極特許の Claim 1 全文(別エピソードで対象化予定)
- LiCoO2 が本特許以前にどの文献で報告されていたか(1956 年頃の既知化合物という記述は2次資料経由で、原典の Goodenough 等の総説まで遡っていない)
5. この比較が破綻する点
- 本特許の Claim 1 は AxMyO2 を一般式として請求しており、現代 EV の LFP(LiFePO4)はこの一般式に含まれない(Fe は遷移金属だが LiFePO4 はオリビン構造で α-NaCrO2 型ではないため)
- NMC(Li(Ni,Mn,Co)O2)は M を遷移金属の固溶体としているが、Claim 1 の
M is a transition metalをどこまで広く解釈するかは特許係争レベルの議論で、単純に「本特許がカバー」と断定はできない - Sony 1991 年商業セルでロイヤリティ流路に Goodenough 個人がほぼ含まれないという記述は、業界2次報道(New Yorker 2017 年記事等)に基づく解釈で、AEA Technology の有価証券報告書まで確認していない
- 中国 CATL / BYD の LFP セルが Goodenough 1996 年別特許 US5910382A の系統という記述は、CATL の特許群の網羅的調査ではなく業界通説に基づく
- 「現代スマートフォンの Li-ion セルは LiCoO2 正極が現役」という記述は2024 年時点の主流であって、Apple は2025 年以降ステッピング・コバルト低減・代替正極系統への移行を発表しており、「現役」と断定できる期間は短い
参考リンク
- 米国特許 US4302518A(Google Patents 表紙):https://patents.google.com/patent/US4302518
- 米国特許 US5910382A(Goodenough LFP 1996 年特許):https://patents.google.com/patent/US5910382
- 米国特許 US4668595A(吉野彰 黒鉛負極特許 1985 年):https://patents.google.com/patent/US4668595
- 2019 年 Nobel 化学賞公式発表:https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/2019/summary/
- Mater. Res. Bull. 15(6), 783–789 (1980)(本文未取得・出典のみ)
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- 第63回(CS メモ #1):1969 年 J&J Kligman トレチノイン US3729568
- 第65回(HW メモ #2、本記事と同 Day 17):1973 年 Intel 4004 関連特許 US3821715A
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